この日、鹿島槍ヶ岳からは槍ヶ岳や富士山が見える素晴らしい天気でした。
鹿島槍ヶ岳は南峰と北峰がある双耳峰です。
北峰からさらに北へ進むと八峰キレットを通り五竜岳に縦走できます。
南峰から見る北峰
北峰から先の稜線
私は7:52頃、北峰を後にし、五竜岳を目指して、まずはすぐ下に見えるキレット小屋に向かって降下しはじめました。
北峰を後に
キレット小屋
20分程下った頃、後ろからガラガラと岩の崩れる音が聞こえました。山というのは日々あちこちで自然に崩れているものですから、まれにそうした光景に遭遇することがあります。
どこが崩れたのか振り返ってみると、斜面をザックのようなものが転がり落ちているのが見えました。
山が自然に崩れたのではなく、何かが斜面を転がり落ちている音でした。
急な斜面なので、荷物が止まったとしても回収に行くのが大変だなと思いましたが、すぐにそれが荷物ではなく人であることに気付きました。
上にいた男性と女性が「止まれ~」と叫んでいましたが、人はまったく無抵抗に転がって、最終的に数十メートル下のハイマツの中で止まりました。転落時間は長く感じました。10秒ほどかかっていたかもしれません。
ハイマツの中に消えた人は、呼びかけに答えることもなく動きがありません。
転落箇所
ハイマツで止まった位置の同高度にいた私は、斜面をトラバースして様子を見に行こうと考えましたが、石が崩れやすく危険なので、それはすぐにやめました。
上にいた男性と女性が「ここにいるので下のキレット小屋に連絡してきてください」と私に叫んで来ましたので、下に進もうとしましたが、いやちょっと待て、携帯電話が通じるか電源を入れてみるとアンテナが立っています。
こういうときはどこに電話すればいいのか?110?119?とりあえず119に電話をしました。(本当は110が正解?)
「救急ですか?消防ですか?」
「いえ、山で滑落です」
そうしたやり取りからスタートし、場所や状況の説明をしました。
その時いる場所から少しでも動くと携帯電話が通じなくなるので、私はそこにとどまることにしました。
その後は、遭難者のところまで下りた三人の学生、ヘリへの合図をする単独の若い男性や、キレット小屋に連絡に向かう方等の支援がありました。
しばらくするとキレット小屋で待機していた救助隊員の方が登って来られ、ヘリが到着すると遭難者の方はピックアップして搬送されました。転落時刻から2時間が経過していました。
ヘリから救助隊員が降下
遭難者をピックアップ
直後には、黒部渓谷からガスが立ち上ってきましたので、もう少し遅いとヘリは飛ばせなかったかもしれません。
転落されたのは高齢の単独の男性で、救助隊員が到着したときには心肺停止状態でした。
転落箇所には血痕が残り、カメラや行程表等が散乱していたようです。
岩でスリップしたのか、何か荷物を取り出そうとした時か、カメラで撮影しようしした時か、転落した瞬間を誰も見ていないので原因は分かりません。
八峰キレットは危険箇所が続く難所ですが、今回のような一見なんでもないようなところに気の緩みが出るのかもしれません。
そして事故はやはり下りで起きます。
私は五竜岳への縦走を継続しましたが、その後の天気と同じで、心はすっきりすることなく、今回の山行を終えることになってしまいました。
その後、万一亡くなられていた場合、ご冥福をお祈りします。